NPO法人 小野川と佐原の町並みを考える会

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西村幸夫 町並み塾in三国 行ってきました!(報告)

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    西村幸夫 町並み塾in三国 行ってきました!(報告)

    6月20日
    小松空港から加賀市、橋立の重伝地区・東谷地区を見学後NHK初代会長の
    岩原謙三氏(大聖寺出身)を偲び九谷焼の絵皿を作成した入魂祭に参列しました。




    同寺で行われた、大きな茶碗による茶会,同日夜の大聖寺の活性化会議
    にも参加して地元の人と交流しました。







    ”大聖寺時鐘堂は2代藩主前田利明によって寛文7年(1667)に造られた。
    当時の鐘楼は3.6メートル平方で高さが5.7メートルであった。
    その後度々の火災にあい、最後は昭和9年(1934)の大火にあい再建されなかった。
    かっての場所は現大聖寺地区会館の右隣りにあった。時鐘は人々に時刻を知らせると共に、
    木戸や町会所の開閉の時刻を知らせるものであった。”

    この時鐘堂は民間の方々の寄付により再建されたものです。




    6月21日
    福井県堺市の雄島と三国の町並みを下見して金鳳寺で開かれた
    「西村幸夫 町並み塾」にゲストとして参加しました。

    金鳳寺「山門」




    佐原の実践報告後、西村幸夫先生との対談が行われました。




    全員で三国の町を見学し、三国湊座で懇親会を開き、2次会場でも熱心な議論がかわされました。

    加賀市加賀橋立
    江戸後期から明治中期にかけて活躍した北前船の船主や船頭が多く居住した集落。
    赤茶色の屋根が特徴で、板塀には舟板が再利用されています。








    加賀市加賀東谷
    明治前期から昭和30年代までに建てられた主屋や土蔵が周囲の
    自然環境と一体となって、歴史的な山村景観が残されています。






    雄島





    旧森田銀行本店
    三国湊を代表する豪商・森田家が大正7年に建設しました。




    外部は西欧の古典主義デザイン、内部には漆や豪華な漆喰模様が
    施されています。




    奥の家と前面が異なる様式の「かぐら建て」づくりの家


    みくに龍翔館
    明治期にオランダ人エッセルがデザインした龍翔小学校を復元した
    外観で、現在は博物館です。


    みくに案内所



    三国湊座
    懇親会の会場です。



    北陸は、熱い地でありました!
     
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